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BRC新規変異マウス研究開発チームホームページ ver1.2J

旧:ゲノム科学総合研究センター(GSC)個体遺伝情報研究チーム (2000年4月〜2008年3月) が担当開発した「ENUに基づく遺伝子主導gene-drivenミュータジェネシスRIKEN ENU-based gene-driven mutagenesis system (RGDMS)」は、理研ゲノム科学総合研究センターの解消に伴い2008年4月より理研バイオリソースセンター(BRC)新規変異マウス研究開発チームに移管いたしました。


新規変異マウス研究開発チーム Mutagenesis and Genomics Team の研究背景と概略

【背景】

ゲノムDNA配列に刻み込まれた生物情報を解明し、生命のシステムを理解するための研究基盤整備を行なう。そのために遺伝学geneticsを駆使する。遺伝学とは突然変異mutationを研究する、また、突然変異を材料として生命を理解する分野であり、突然変異とはゲノムDNA配列に変化が生じることを意味する。ゲノムDNAはアデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)、シトシン(C)の4文字(塩基)が一線に並び情報を刻んでいる。ヒトはヒトの並びを、マウスはマウスの並びを持っていて、正確に、親から子へ、受精卵からすべての細胞へ受け継がれるため、ヒトからはヒトが、また、マウスからはマウスが生まれる。しかし、いかに正確に伝わるとはいえ、ごく稀にこの4文字の並びに変化が生じる。これが突然変異である。長い生命の歴史のなかで、ゲノムDNA配列にすこしずつ突然変異が生じ集団に広がり固定され新しい生物種が現れてきた。進化である。さまざまな環境や種間競争といった自然選択の過程で適者生存できるゲノムDNA配列をもった生物種がいま地球上に生命をつないでいる。なかには変化が生じても自然選択に無関係であったためたまたま生物種に広がった変異もあるといわれる。中立突然変異である。いま、ゲノムDNAに突然変異が生じると、適者生存できるような生命のシステムを壊す変異(=有害な突然変異)か、もしくは、自然選択に無関係で影響をもたらさない中立変異かのいずれかがほとんどである。われわれは、こういった突然変異を利用してそのゲノムDNAの1文字1文字の生物学的な意味をゲノム全体にわたって解読していくための基盤整備を目指している。ちなみに、突然変異のうち、ある程度、生物集団に広がったものを「多型(たけい)polymorphism」と呼び、多型のなかで、とくに、1文字の置換を起こして集団に1%以上広がったものを1塩基多型と呼ぶ。英語ではsingle nucleotide polymorphism(SNP;スニップ)と略記される。

(註)DNA1文字を日本語では通常「塩基」と記載するが、正確にはDNAの1文字は塩基とリン酸化された糖(=デオキシリボース)が結合したヌクレオチドnucleotideが、DNA配列の1単位である。ただし、ヌクレオチドのうち塩基部分(A,G,C,T)以外は全く共通であり、DNAの文字を塩基の頭文字AGTCによって表わすのはこのためである。

通常、突然変異はごく稀にしか生じないので、実験的に検出するのは極めて困難であったが、1923年、Mullerによって、X線が突然変異を誘発することが証明され、ミュータジェネシスmutagenesis研究が始まった。その後、化学物質のなかに変異原となるものも発見され、ミュータジェネシスの研究は、遺伝毒性試験など、突然変異によるリスク評価としての研究が発展し、さらには、発がん性、老化、遺伝子疾患との関連への研究などへと発展し進んでいる。このように、ミュータジェネシスの研究は「突然変異生成のメカニズムと影響の解明」を命題として、さまざまな疾患との関わりから個人個人がもっている体質の違いや生活の質の(Quality of Life; QOL)向上といった身近な問題から進化の解明にいたるまでゲノムDNAに生じる変化と生物個体や集団との関係を幅広く明らかにしつつある。

われわれはこういったミュータジェネシスを用いて、DNA上に生じた変化「突然変異」を直接、生物個体にあらわれる形質形態の変化「表現型」の違いに結びつけることでゲノムDNA配列の生物学的意味を解読していく。これまでの遺伝学ではひとつひとつの突然変異をそれぞれの研究者がテーマとして解明してきたのに対し、当チームでは、ゲノム全体に網羅的に突然変異を起こし、個体を突然変異体mutantとして系統化し、広くゲノム機能全体の解明を国内外の分野・研究者が融合的に解析研究できるよう基盤整備を行なう。そのための、高速かつ大規模な遺伝子資源を確立し、そこから効率よく生物情報を抽出できるシステムを整備する。これは2000年に当チームの前身である個体遺伝情報研究チームPopulation and Qantitative Genomics Teamが「古典遺伝学のルネッサンス」と呼んだ新しい情報生物学をより広く研究コミュニティーに継続して提供していくものである。

【概略】

1.新しい情報生物学としての個体遺伝情報研究
1-1. 大規模表現型データベース構築
1-2. 大規模遺伝子型データベース構築
2.変異マウスライブラリーシステム
3.高速変異発見システム
4.次世代ジーンターゲッティングシステム

1.新しい情報生物学としての個体遺伝情報研究
当研究チームは、平成12年度に、ゲノム情報科学研究(バイオインフォーマティクス;和田昭允プロジェクトディレクター)グループ個体遺伝情報研究チームを前身とする。動物ゲノム機能情報研究グループ(城石俊彦プロジェクトディレクター)および植物ゲノム機能情報研究グループ(篠崎一雄プロジェクトディレクター)と連携し、遺伝学を駆使した新しい情報生物学研究を目指して開始した。種を超えてゲノムワイドに展開するために、大規模なゲノムDNA配列情報DB整備と、個体表現型情報DB整備の両輪が基幹となる。モデル系として、とくに、理研大規模マウスミュータジェネシスプロジェクトのシステムを用いて開発してきた。また、多階層における多様な生命現象に対応可能なように、いろいろな分野の専門家と情報交換を深め、多くの連携研究プロジェクトを国内外に展開してきた。この過程で構築した変異マウスライブラリーから高速に点突然変異を発見検出できるシステム構築に成功し、ENU誘発変異を特定の標的遺伝子にもつ変異マウスを開発する新しい逆遺伝学を打ち立てた。
 DNA配列文字の違い(突然変異)は、遺伝病をはじめ、個人の体質の違い(疲れやすさや、食べ物、薬、環境に対する「個人差」)としてもあらわれる。研究目的は、ヒトも含めた生物個体の「遺伝子の違い」(=遺伝子型)による「体質の違い」(=表現型)を明らかにすることである。そのためにマウスなどをモデル系として、突然変異の遺伝子型と表現型の集積データベースを構築整備した。今日、遺伝子型はDNA塩基配列決定によりデジタル情報として正確かつ迅速に測定できるようになった。一方、表現型データには環境の効果から実験誤差も含め測定値にはバラツキがあり、精度の高い測定方法および解析方法が求められておりその開発研究にも取り組んだ。また、構築したデータから知識化していくシステム、および、一連の業務を円滑かつ効率的に進めていくためのLANをはじめとする情報基盤サポート整備も行なった。大規模遺伝子型データベース/表現型データベースを基盤として、集団遺伝学や量的遺伝学など統計遺伝学も駆使して知識統合化してゲノム機能を解明する新しい情報生物学研究である。そのための遺伝子資源アーカイブと高速情報処理の構築整備も平行して進めた。

1―1 大規模表現型DB構築
 マウス系統維持管理/ミュータジェネシスサポート、大規模突然変異体スクリーニングサポートシステム、突然変異体マネージメントシステムを3本の柱として開発構築した。最終的に、20,000個体のマウスについてそれぞれ200項目にのぼる表現型変異情報を蓄積したDBシステムを、オラクルを用いたサーバ/クライアントネットワークにおいてマルチユーザ/マルチタスクシステムに構築することに成功した。さらには劣性変異体スクリーン対応や、2拠点以上の研究施設間を結ぶオラクルDBへの統合互換性への対応も進めた。とくに、高次表現型のDB構築に向けて、剖検病理画像を含むマウス全臓器の電子カルテ化を拡充し、血液検査に精度管理も導入した。心エコー、修飾変異、行動解析における高次表現型DB整備も進めた。こういった成果はいま日本マウスクリニックの基盤としてさらにエンハンスされ活用されている。

1―2 大規模遺伝子型DB構築
 ENUマウスミュータジェネシスでは、表現型から突然変異を捉え、ポジショナルクローニングや候補遺伝子探索によってそのゲノム上の遺伝子の変異を同定するのが常法である。この流れでは遺伝子型DBへのデータ集積が時間的にかなり遅れる。そこで、次々と得られるENU変異マウスのゲノム上に誘発されている点突然変異を、表現型変化の確認を待つことなしに同定し予めどういったENU誘発変異が各候補マウスに生じているかデータベース化する試みを当チームでは当初より計画し進めてきた。理研マウスミュータジェネシスプロジェクトでは、突然変異を誘発した第1世代における表現型スクリーニングに基づく優性変異体作製が中心であり、とくに、老化、発がんといった晩発性表現型に特徴を置くためマウスが不妊や死亡しても系統として維持利用できるように12週令時に精子凍結を施し、凍結精子バンクを構築した。そこで、変異候補マウスのゲノムDNAもアーカイブ化し、変異精子バンクと変異ゲノムDNAバンクからなる「変異マウスライブラリー」構築を世界に先駆けて開始した。また、構築した変異ゲノムDNAバンクより、標的とする遺伝子上の点突然変異を分子生物学的に高速同定する試みを平行して進めた。これは、本来、表現型主導でのみ可能とされてきたENUミュータジェネシスを用いながら、遺伝子主導で標的遺伝子に点突然変異をもつマウス系統を発見確立するという当時は実現不可能とされていた方法であった。こういった開発の一方で、表現型主導ミュータジェネシスプロジェクトの進捗とともに、系統確立された変異マウスも増加し、戻し交雑解析に基づくマッピングが進んだ。そこで、当チームのPCRプライマー設計法および点突然変異同定システムを駆使し、マッピングによって絞り込まれたゲノムDNA配列上の点突然変異の同定を行ない、ポジショナルクローニングおよび責任遺伝子の同定にも貢献した。

2.変異マウスライブラリーシステム

 すでに理研ENUマウスミュータジェネシスプロジェクトにおいて、10,000匹規模のG1オスマウスについて精子凍結を行った。そのため、51,200検体をひとつの430L液体窒素タンクに保管できる新しい収納システムも開発した。また、精子凍結を施し表現型解析が完了した個体や、精子凍結時点で得られる精巣などからゲノムDNAを抽出した。すでに8000検体ほどのDNAサンプルを抽出アーカイブ化した。この凍結精子アーカイブとゲノムDNAアーカイブが「変異マウスライブラリー」である。変異検出システムに応じて解析スループットを検討できるようプール化も含め96プレートに整備している。また大量サンプルの処理を自動に行なうロボットシステムの導入も行なった。

3.高速変異発見システム
 新しく生じた点突然変異をヒトやマウスのゲノム配列上に同定することは、未知の突然変異の同定単離、いわゆるポジショナルクローニング法として1980年代後半から技術開発が飛躍的に進んだものの、現在でもまだ年のオーダーを要する作業である。高速かつ高精度な点突然変異発見システムそのものがゲノム研究の発展に大きく寄与し、DNAシーケンシング技術やゲノムプロジェクトがそのために開発され進められてきた。われわれは、アーカイブ化した10,000匹のマウスゲノムにこの点突然変異発見システムを高速高精度に実施するという次世代ゲノムシーケンシングがまさに目指している技術システムの開発を2000年から薦めてきた。
まずPCRプライマーを標的遺伝子に配置設計した。プロジェクト開始時点は、マウスゲノムプロジェクトが完了する2年以上前であり、cDNA配列に比べ、ゲノムDNA配列情報は限られた遺伝子にのみ公開されていた。そこで、公共のデータベースからとくにエキソン―イントロン配列が公開されている遺伝子を探索抽出し、そのゲノムDNA配列をダウンロードするところから開始した。2002年までに50ほどの遺伝子についてプライマー設計構築することに成功した。さらには、遺伝子のゲノムDNA配列の収集とプライマー設計の高速化をはかり、内外の研究者への有用性を高めるため2002年9月から国内外に利用者を募ったため、このプライマー設計のステップが飛躍的に短縮された。PCRで増幅した標的ゲノムDNA配列中から高速高精度に点突然変異を発見検出するため、以下のシステムの検討と比較をこれまでに行なった。
1)ダイレクトシーケンス法direct sequencing
2)温度勾配キャピラリー泳動法 temperature gradient capillary electrophoresis(TGCE)
3)サイクル勾配キャピラリー泳動法 cycling gradient capillary electrophoresis(CGCE)
4) Cel1酵素切断泳動法 Cel1 digestion/TILLING
5) 高解像融解度曲線解析法 high-resolution melt

4.次世代ジーンターゲッティングシステム
 上述の変異マウスライブラリーと高速変異発見システムを駆使することで、ENUでランダムに誘発した変異ながら、特定の遺伝子に点突然変異をもつマウス系統を確立するgene-drivenミュータジェネシスの実用化に成功した。次世代ジーンターゲッティング法としてゲノム機能解明を加速することが期待されている。2002年に利用を公開して以来、ユーザ数はコンスタントに増えている。ENUは1Mbに1つ点突然変異を誘発しており、マウスゲノム3,000Mbには平均3,000個、10、000匹からなる変異マウスライブラリー全体では3,000万個の変異を蓄積している。マウスゲノムの1〜2%がコーディング配列と言われているので、30〜60万の点突然変がコーディング配列上に生じている。われわれの発見した変異がコーディング配列上に誘発されている場合、60%強がアミノ酸置換、10%がノックアウトアリル相当、残りの30%弱が同義置換であることから、理研変異マウスライブラリーには、18〜36万のアミノ酸置換変異が含まれ、さらには3〜6万のノックアウト相当の変異も含まれている。マウス遺伝子総数を3万としても、1遺伝子あたり6〜12個のアミノ酸置換と1〜2個のノックアウトアリルを提供できる規模となっている。ちなみに誘発された変異はENUの作用機序から期待される通りT塩基に比較的多く生じているもののゲノム全体からみるとポアッソン分布に従ってランダムに生じている。唯一、バイアスが発見されているのは、非転写鎖の方が、転写鎖より有意に高く変異が生じていただけである。 われわれは、この次世代ジーンターゲッティングシステムの有用性を示すために、個体表現型に変化をもたらす点突然変異の一次スクリーン法としての分子表現型解析法の開発や培養細胞レベルにおける解析法開発も進めている。また、ノンコーディング配列のゲノム機能解明をシステマティックに進めるために、ヒトとマウスで高度に保存されたlong conserved noncoding sequence(LCNS)を600配列以上抽出した。この配列上にENU誘発変異がその他の領域と全く同等に生じていることからLCNSは突然変異のコールドスポットではなく、機能の制約があるために進化の過程で高度保存されていることを示した。また、LCNS上に発見した変異マウスも凍結精子から個体に復元し機能解析も進めていくことができる。 究極的には、変異マウスライブラリー10,000匹のマウスゲノムを次世代シーケンサーを用いて解読し、すべての塩基置換をカタログ化し公開することを目指している。

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